シンガポールで開催された史上初のナイト・レースに続きBMWザウバーF1チームは次なる舞台、雄大な富士の裾野に広がる富士スピード・ウェイへと移動します。
現時点では10月12日の日本グランプリを含む、3つの重要なレースが残っています。今年は例年になく混戦が続くシリーズとなっており、ワールド・チャンピオンをめぐる争いは決定的な局面を迎えています。
ニック・ハイドフェルド:
「何よりも、富士では昨年のような集中豪雨に見舞われないことを祈っているよ。雨の中のレースは問題ないけれど、1年前みたいな土砂降りは度を越えていた。視界はゼロで、クラッシュもたくさん起こったしね。誰かが突っ込んできたので、僕のマシンは壊れてしまった。そんな状態でもしばらくは6位を保っていたけれど、エンジンで問題が発生したために、ついにはレースをあきらめなくてはならなかった。」
「富士スピード・ウェイはとても楽しいコースだ。アップ・ダウンも多くて、死角も髄所にあるしね。けれど、鈴鹿のグランプリ・コースが好きだった僕にとっては少し不慣れかな。富士の大きな特徴は、何と言ってもあの長いストレートだ。」
「富士は素晴らしいロケーションだ。ホテルからサーキットへと続く道をゆくと、特別な舞台だ、という意識が高まってくる。また富士山の姿が見られたらいいな。このエリアはとりわけ活気があるわけでもないけれど、シンガポールでの喧騒の後はちょうどいい場所だ。」
ロバート・クビツァ:
「今年も2年連続で富士に行くことになった。昨年の日本グランプリの滅茶苦茶な天気のことはみんなも覚えているだろう。ずぶ濡れで視界もひどかった。でも、ドライバーにとっては、とても楽しいコースだと思うよ。アールの異なったカーブは変化に富んでいるし、先が見えにくいコーナーもあって、チャレンジングだ。雨でなければ、非常に楽しい走りができるね。ただし最後のセクターは狭いコーナーが多いから、スピード・ダウンしてしまうのがネックだ。」
「来日するといつも思うけれど、日本のファンみたいなF1観戦者は他に類を見ないよ。早朝からサーキットに来ていて、僕らが退場した後に帰っていくものね。」
マリオ・タイセン(チーム・ディレクター):
「シンガポールの見事なナイト・レースが終わった後は、アジア圏内で、引き続き2つのレースが開催される。はじめに日本で、1週間後に中国だ。シンガポールからミュンヘンやヒンウィルに戻ったメンバーもいるけれど、アジアにとどまって、数日間、羽根を伸ばしているメンバーもいる。また、何人かは韓国まで遠征している。ニックは週末(4日・5日)に韓国でF1マシンのデモ・ドライブをしてきた。」
「昨年から富士スピード・ウェイはF1レースの舞台として記念的カムバックを果たした。日本アルプスの麓にあり、サーキットの景色は最高だね。バックにそびえる富士山も印象的だ。昨年、富士山の姿が見えたのは金曜だけだった。陽の光の中に映える姿は、それは素晴らしい眺めだったよ。けれどその後、惜しいことに、濃霧と雨の中に隠れてしまって、2度と見ることができなかった。去年のレースは総じて、悪天候の影響を受けてしまった。」
「シンガポール・グランプリでは今年二度目のセーフティー・カー規制で後れを取ってしまい、アンラッキーだったがその分を日本グランプリで取り返したい。ドライバーズもコンストラクターズもチャンピオンシップが混戦状態なので最後まで面白いレースが見られると思いますよ。」
ウィリー・ランプ (テクニカル・ディレクター):
「シンガポールでの見事なナイト・レースの後、F1の舞台は富士での通常の昼間のレースに戻る。昨年はチーム初参戦だったが、路面がずぶ濡れで惨憺たる状況だった。それでもマシンのセッテインングにつき重要なデータを得ることが出来た。」
「富士のサーキットでもっとも特徴的なのは、約1.5キロメートルの長いストレートだ。ここでは追い越しするチャンスがいくつも期待できる。それと同時に、中速から高速コーナーでは大きなダウン・フォースが必要とされるので、空力の設定にも影響が出る。富士では、バレンシア・レースと同等の、中間的なダウン・フォースで走る予定だ。ブリヂストンがミディアム・コンパウンド・タイヤを供給してくれる。」
「セーフティー・カーで大きく後れを取ってしまったシンガポールの後だけに、日本では両マシンとも高いポイントを目指したいと思っているよ。」
富士スピード・ウェイのあらまし:
1966年にオープンした富士スピード・ウェイでは、76年と77年にF1世界グランプリ日本ラウンドが開催されました。同時に、雨天が多いという悪条件でも有名なコースとなりました。76年開催のF1グランプリ、シーズン最終レース開始直後の集中豪雨は特に記録的です。ハイドロプレーン現象のため、チャンピオン、ニキ・ラウダのフェラーリは、たった2ラップでリタイア。マリオ・アンドレッティがその後を引き継いで勝利を収めましたが、1点差で世界チャンピオンの座に輝いたのはジェームズ・ハントでした。
2005年にはFIAの新F1規定に合わせて大幅な改修が行われ、2007年にF1レースがこの地で開催されることになりました。2009年以降、日本グランプリは鈴鹿と富士で交互に開催されることが決まっています。